日光の旅 文字版です。
ふみさんの運転する大きな車にのりこんで、福井幹さんの曲をききながら、
お蕎麦屋さんにつれていってもらった。
こんなところ、とおれるの??と人と車もすれちがえないような田圃の横の道をはいってゆく。
ぽこりと大きな民家がある。
せせらぎがきれいで、蕗とわさびがうえてあっった。
先客は2名。のんびりくつろいでおられる。
ふみさんがお店のかたと親しくお話されている。
たたき・土間にはいると大きな家の屋根のつくりがみえる。
はしら時計や壁掛け電話・小民具がいろいろあって興味がつきない。いろりもある。
カウンター下にはお店のかたが漬けたいろいろなものたち(ほんとうにいろいろなものたち!)がずらりとならんでいた。
縁側よりの明るい座敷にすわる。
ふすまがはずされているのでずいぶんひろびろとしており、座卓もすてきなものが点在していた。
お客がすくないので、注文したあと、写真を撮らせてもらった。
「さくらさ~ん」の声にふりかえると、おおきなおおきな両手でかかえるほどの益子焼きにざるがしかれ、
蕎麦が盛られていた。
益子焼きは素朴でぽってりしており、釉薬のとろりとした色もよい。
こんなかたちででてくるとおもっていなかったので、うれしい驚きだった。
蕎麦はこんにゃくを角をたてて、けんのようにきってあり、きらきらしていた。
すくないだしつゆで蕎麦のもちもち具合を味わった。
関西芦屋の土山人の蕎麦にまけるともおとらずのすばらしい蕎麦だった。
山菜の天ぷらも注文していたら、これまた豪快に盛られた天ぷらがでてきた。
いまは山菜の時期ではないはずだから保存してあったものだろうけれど、採りたてのような山菜たちだった。
そば湯は底にとろりというよりどろりとした濃いものだった。
おもゆのように、とても味わい深い。
そば湯にすこしつけだしをたらすと「あふぅ~」とためいきをついてしまうほどおいしい。
これをかためたものがデザートになるらしい。今回は品切れだった。
のんびりのんびりいただいて、おだやかな田舎の風情をたのしんだ。
時間がゆっくりながれてゆく。
うれしいなぁ。。。
ふみさん、ありがとう。
「いつもはものすごく込んでて、横浜とかからきてもなくなっちゃって食べられないこととかあるんだよ~」とのこと。
それはすごい。
こんなにおだやかな時間がすごせたことが不思議なくらいだった。
「つぎは、日光の東照宮の敷地のなかでもひみつの場所にいきま~す」とのこと。
どんなところだろう。
*よんでくださってありがとうございます。
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